第56話

「楽しいままで終わりたい」と言って中学生が命を絶ったらしい。俺の周りはみんな彼女に賛成だ。俺は「もっと楽しい時があるかもよ?」と思うんだけど、「大人になると苦しいことがたくさんあるから、それはない」というのが世論らしい。なんかよくわからない。苦しいことが少しでもあった時期は「一番楽しかったで賞」にはノミネートされないってこと?それともみんな本当に苦しすぎて昔より楽しめてないの?

俺は真逆で、楽しいことが少しでもあったらノミネートしちゃうタイプだ。苦しいことが楽しいとも思わないけど、苦しみが増えてくるってことは心が豊かになってるってことで、「楽しい」に対するアンテナの感度も上がってきてると思う。そもそも楽しいの反対は「楽しくない」であって、苦しいのとは全く関係ないと思う。

別に、死を選んだことに反対なのではない。生意気だと思うからでもない。「もっと楽しい時があるかもよ?」っていうのも、判断が早すぎると思うからではない。その「かも」に賭けてみるのが人生だと思うからだ。

人の人生が救われるのなんて、正直なところ、死ぬときに「あー楽しかった」と満足できるかどうかだろう。それも死ぬ直前の一瞬、コンマ何秒。おまけに楽しかったと思えるかどうかも分からない。その訪れるかどうかも分からない一瞬のために、何十年も苦しみ続ける。本気で馬鹿げてる。でもそれがいいんだ。馬鹿げてるから人生なんだよ。

 

とはいっても、楽しくない一日だった。散歩したけど発見は何もなかったし、ラーメンは注文してもなかなか出てこなかったし。けど良い眼鏡は見つかった。お店のお姉さんすごく綺麗だったし、試着したときの感想が全部俺と同じだったし。黒縁と金縁は似合わないんだなあ。